森田医師の「医療と介護の未来を語る!白熱教室」に参加して<その2>

コミュニティ・地域

一般的に、“高齢者が増えれば医療が必要な人が増え、病床が少ないのは致命的に。医療で助かる命も助からなければ、死亡率も上がるはず。ゆえに医療費も増える。”と誰もが考えるのではないでしょうか。
なのに夕張市では、財政破綻後まるで反対のことが起きました。なぜなのでしょう?そのわけは……

夕張市の高齢者の方は、全員が延命治療をしないと意思表明しているんだそうです。病状が悪くなったら、救急車ではなく訪問看護師や医師を呼ぶ。住み慣れた場所で最期までとの希望が増え、特養での看取りは100%なのだとか。

救急搬送される札幌の病院までは2時間かかるため、いざという時にどうしたいかを、高齢者の方全員に聞き取りしました。その結果、救急搬送を望む人はいなかったそうです。この市民の意識変化が大きかった。

その後、肺がん末期のおばあちゃんが高齢者施設でビールを飲みたいと言い、判断に困ったが皆で話し合い、希望をかなえようということに。ビール飲んだらおばあちゃん、飛び切りの笑顔に。そして数日後に亡くなった、というケースや、認知症で口から食べられなくなり胃瘻を、と言われていたおじいさんが「いやだ」と言って自宅に帰ったところ、周りの介護の甲斐があり食べられるようになったなどのケースを目の当たりにしたそうです。

そこで森田先生は考えました。「健康な生活」って何だろうか?   

たとえば先ほどのおばあちゃんは、ビールを禁止していれば、もう数日生きていたかもしれない。けれど、自分の好きなようにさせてもらえない最期、ただ寝ているだけの日が延びたからといって、幸せなのだろうか?

また、健康状態が悪くなっても都市の大きな病院に行きたくないと言うおばあちゃん、治療を断って帰ってくるおじいちゃんなどがいました。彼らはこう言いました。「知った顔が近くにいる夕張がいい。札幌に行ったら知らない先生や看護師さんに囲まれるし、友達とも会えなくなるだろう」

「健康な生活」とは医療だけで成立するものではない、と森田先生は実感されたそうです。森田先生が夕張で経験し、見えたものは、

「健康な生活」が確保されるためには
・きずな貯金
・市民の意識改革
・生活を支える医療
の3つが必要なのではないか、と。

さて、これらはほかの地域、都会でも可能なのでしょうか?自分の住む地域で実現させるにはどうすればよいのか?グループディスカッションしました。

私のグループでは「一人ひとりが意識を変えることが大事。健康なうちからいざという時のことを考えておくようにしたほうがいいのでは」とか、「隣に住む人も知らない都会できずなを、といっても難しい」「理想は分かるけど、現実的にどうしたらよいか分からない」などそれぞれの考えを話し合い、まわりでも白熱した議論が続きました。

やはり都会では難しいような気がしますが、じつは夕張というのは、いわゆる田舎ではありません。炭鉱の町として各地から人が集まってできた、いわば東京的なところ。地縁血縁が強い場所ではないのです。
ということは、都会でもじつは可能なのかもしれませんね。

夕張で起きたことは、これからの医療・介護、地域の未来に方向を示すことかもしれません。このことを教訓として考えていく必要があるなーと痛感しました。

さて、あなたならどう考えますか?

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