コラム

杉田かおるさんの介護経験にみる、ほんとに人間って…!

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先日ご紹介した、松浦晋也さんの日経ビジネスオンラインでの連載『介護生活敗戦記』。
『母さん、ごめん。50代独身男の介護奮闘記』(日経BP社)というタイトルで書籍にもなった本編は終わり、その後、担当編集者の番外編や実際に介護を経験した有名人との対談が掲載されています。

お母さまを介護されている杉田かおるさんとの対談では、母を介護する者同士の視点で、介護にどう立ち向かっているのかを語っています。杉田さんと松浦さんは同世代で、お母様同士は同じ年とのこと。

松浦さんのお母さまは、認知症を患うまでは自分らしく生活を楽しまれているしっかりした方だった、一方で、杉田さんのお母さまは“不良”だった。すごく有能で頭がいいのだけれど、逆に「遊んで暮らせる方法」を考えつく人だったそうです。娘の杉田さんを子役として働かせた、なんていうのもそのひとつだとか。

社会の規範にとらわれずに生きてきた人が、「介護」が必要となり、社会の助けを得られるようになってはじめて「うちの家庭が社会から認められた」と思ったそうです。
そんなふうに感じる方もいるんですね…!

松浦さんのお母さまは、身体は比較的丈夫だったけれど認知症を患っていた、杉田さんのお母さまは、アタマはクリアだけれども肺の病気で日常生活がままならなかった。意識がはっきりしている分、自分の状態に気持ちがついていけないところがあったようです。
介護が必要な状況といっても、人によって身体の状態、頭の状態が全く違うんですね。

杉田さんは子役からずっと芸能界で働いていたためか、何度か大病をして倒れたことがあり、身体を優先させたいが仕事が…というジレンマを抱えていた。けれども、お母さまの介護が始まって、キャリアダウンするよいきっかけになったのだそうです。

そして杉田さんは言います。

母が倒れてくれたおかげで、芸能界のキャリアを降りることが出来た。これは母が寿命を私にくれたんじゃないか。本当は母は120歳ぐらいまで生きるような体かもしれないけど、一生懸命不摂生してくれてたんじゃないか。つまり、私が母を120歳まで面倒を見るとすると、90歳まで生きなきゃいけない、働かなきゃいけないんですよね。だから、母が90歳ぐらいで寿命を全うできるように、私が60歳ぐらいまで頑張ればいいように不摂生してくれていたんだな、という考え方で(笑)。

日経ビジネスオンライン「介護生活敗戦記」より引用

さすが杉田かおるさんらしい(?)考え方。豪快さも桁外れで凄すぎる…!

一口に「親の介護」といっても、病気の種類や身体の状態、認知症がある・ないなどによって、必要とされるケアは全く違います。
さらに、介護を受けるご本人、一口に「高齢者」「お年寄り」「80歳代後半」などどいっても、人によってその歴史や生活してきた環境が全く違います。

ほんとに人間って、一人ひとりぜんぜん違う!

だから、万人への正解なんてものは本当になくて、その人にとって良いのか悪いのか、それにつきますね。そこが本当に難しいところなのですが…。
杉田かおるさんのお話を読んで、しみじみ感じさせられました。

ビックリな介護対談をじっくり読むなら、こちらからどうぞ。

◆日経ビジネスオンライン
介護生活敗戦記
著者:松浦晋也

杉田かおるさんと語り合う「母さん」の介護
(前編)「介護で初めて、“社会”の枠に入れた気がします」

杉田かおる「朝の挨拶は『生きてる?』です」
(後編)これから死んでいくことを、自覚して生きよう

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