異端は、人としてど真ん中 ~健育フォーラムでの講演を聴いて感じたこと~

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10月25日(金)の第2回健育フォーラムにて、東京葬祭取締役で葬祭ディレクターの尾上正幸さんと、函館稜北病院 副院長の川口篤也医師のお話を聴きました。

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尾上さんは、葬儀の事前相談をされるお客様(ご本人)が要望するも、すぐに見積もりを出さず、その奥に隠された本意を引き出すため、何度も何度も対話をします。

仕事の効率を考えれば、すぐに見積もり出して契約したいところじゃないでしょうか。もちろん、いたずらに長引かせているのではなく、奥にある真実を知るためです。「だってそれを知らなければ、貴方が望む葬儀を僕が作れないから」と尾上さんは言います。

そうして対話を続けると、「じつは…」とお客様は話し出すそうです。人は皆ドラマを持っている。本当はその話を聞いてほしいと願っている。そう確信する尾上さんは、質問をぶつけ続けるそうですが、その語り口は真摯で誠実で。お客様さまが話したくなるのも、尾上さんのお人柄がそうさせるのだと思いました。

仕事の役割で考えれば、一度で契約に結びつけたいと思うところでしょう。けれど何度も対話をするのは、お客様としてだけでなく、目の前のひとりの人間として見ているからなのではないか。その人に、尾上さんという人間として向き合っているからではないか。常識破りのスタイルは、人として行動されている表れなのだと感じました。

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次に川口医師が登壇。川口先生は函館で在宅医療の医師として活躍されています。多くの患者さんを見送ってきた経験から、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)は決めることが目的ではなく、価値観を探る対話をくり返しおこなうこと、それ自体が目的なのだと語ります。親しい人と話しているこの時が大事なのだと。

在宅医療では、医師をはじめ多くの専門職チームでケアにあたりますが、加えて急性期病院の医師や医療スタッフなどなど、非常に多くの人が関わります。大人数が関わるがゆえに、お互いの理解不足で齟齬が生じることが少なくありません。そこに問題を感じた川口先生は、ある患者さんが亡くなるまでのプロセスを共有する「デスカンファレンス」をおこなっています。職種や組織の違いを乗り越え、お互いを理解し、地域全体として患者さんを支えるために必要なことだと考えたからです。

こうしたカンファレンスは非常に珍しく、ほかにはあまりないそう。常識破りのスタイルですが、立場の違う専門職がお互いの役割や状況をよく知るきっかけとなり、相互理解が深まりました。さらに、専門職にとどまらず住民とも一緒に、高齢になっても地域で楽しく暮らせるためのコラボプロジェクトまで発展しそうなのだとか。市内の回転ずし事業者の方達と、嚥下機能が落ちても食べられる「嚥下寿司」を作ろう!と盛り上がっているそうです。

枠にとどまらない活躍をされている川口先生、理知的なのに物腰がとても柔らかく、権威的なところがまったくありません。柳のようなしなやかさで、周りに巻き込まれるように攻めていく。こんな医師がいるんだ!とめっちゃ驚きました。

診ている患者さんがイキイキするのなら、競馬場にも同行する。いや、むしろけしかける川口先生。常識的な医師の枠も軽々飛び越えて行動する理由は、その人らしさを最も大切にしているから。もしその人が意志を表わせない状態になっても、「きっとこの人ならこういう選択をするだろう」と周りの人が思えることを目指しているからなのです。

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葬祭ディレクターと在宅医療の医師の講演。一般的に考えると違和感がありますが、型破りなお二人に共通するのは、患者さん、お客様、ひとりひとりの“人生物語”を大事にすること。

医療の領域では、ひとりひとりの人生物語を「ナラティブ」といって、それを大切にしようとする動きが始まっています。それを地でいっている川口先生。葬儀の領域にとどまらない動きをされている尾上さんも、人にはそれぞれドラマがあるという信念を持って仕事をされています。

お二人の仕事のやり方は、一般の人がイメージする医師、葬祭ディレクターといった役割の枠で考えれば常識破りかもしれません。けれどその人の人生を真摯に考えたとき、人として対応しようとすれば、お二人のような行動になるのかもしれない。

仕事で役割や立場があるのはあたりまえ。しかし、目の前のその人に対して、人間として真摯に向かい合っているのか?そんなことをも考えさせられたお話しでした。
めちゃめちゃ面白かった!

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