“生きること”“死ぬこと”を気楽にしゃべれる場を ~これから楽交~

これからの「生き方」と「逝き方」を楽しく学びあうコミュニティ『これから楽交』。最期のときを意識し、今をイキイキ生きることを学ぶ講座やセミナーを開催しています。社団法人として、よりパブリックに発信していくための活動も。
いろいろな地域に広がり始めた「これから楽交」、代表理事の尾崎文彦さんにお話をうかがいました。

一般社団法人 これから楽交
代表 尾崎文彦氏
http://www.korekara-gakko.net/
https://www.facebook.com/KOREKARAGAKKO




大事なことをタブー視せず、楽しく話せるコミュニティをつくる

“楽しく交わる”と書いて『これから楽交(がっこう)』。“これから”の大切なことを“楽しく交わり”ながら、お互いに学びあっていく学校のようなコミュニティ活動をおこなっています。

現在は「生を見つめるための入棺体験会」や「人生を香りでつなぐアロマテラピー講座」など、「生き方」と「逝き方」を楽しく学べる講座を開催。また、東京の西麻布や多摩、武蔵野、江東から神奈川の辻堂、そして新潟へと、各地域に活動の輪が広がっています。

じつはカッキーも、これから楽交の講座に何度か参加しています。はっと気づかされたり、大切なことを知るきっかけになったり、すごく役立っています。参加者の方々ともお話して、そういうこともあるのね~とか、そう考える人もいるのね~とか、さまざまな気づきが得られ視野が広がりました。

そんな「これから楽交」、できたきっかけはどんなものだったのでしょうか?




尾崎さん
『これまでのお葬式って業者目線でできてて、実際に経験した人がヘンだなって思っても一瞬で終わるし、何回もやるものでもない。自分がそのとき感じたことを話す場もないですよね。
だからそこで終わっちゃってたんですけど、じゃあどういうお葬式がいいの?こうあったほうがいいんじゃないの?って誰も手を付けようとしなかった部分。ここを話すべきじゃないかって。

お葬式、つまり「逝き方」。そして“死”を起点とした「生き方」をみんなで話ができるような場、重たいテーマだから楽しい雰囲気でしゃべれるコミュニティが必要なんじゃないかと考えて「これから楽交」を立ち上げました。』


“お葬式”を考えるって、「逝き方」を考えることなんですね。「逝き方」を考えるとなると、必然的にどんな「生き方」をしたのか、したいのかってことを考えさせられます。それが“死”を起点として「生き方」を考えることになるんですね。

「これから楽交」は2014年に一般社団法人となりました。代表として活動されている尾崎さん、本業は治療院を営まれています。20年以上ひとびとの健康に携わってきた中で、だんだん考えが変化していったようです。



自然のサイクルとして“死”をとらえる
尾崎さん
『治療院の仕事をしてきて、以前までは、患者さんの健康をニュートラルな状態に戻すことが自分の仕事だと思ってきました。ところが長年やっていると、患者さんがどんどん高齢化してきて、亡くなる方も出てきます。そういう方々を見てると、ニュートラルな状態に焦点を合わすことが果たしていいことなのかと疑問がわいてきました。

たとえ話ですが、落葉樹ってあるじゃないですか。秋になると葉っぱを落として、冬には裸になります。それを見た人間は「これはもう枯れちゃったのかな?」「ぜんぶ落ちちゃったからこの木は元気ないんだね」って言う。
けど、違います。枝が雪で折れないようにするために葉っぱを落とす。葉脈を閉じて葉っぱに栄養がいかないようにすることで、ポツリと落とす。要するに、力がある木ほど落葉するんです。

ひるがえって、高齢者。落葉樹でいったら逆に葉っぱを落とさず、雪で枝を折らせて木の寿命を終える準備段階、っていう年齢の方がいるじゃないですか。
その方をニュートラル状態に戻すことは、要は、落ちないようにしている葉っぱを、むしり取ってでも枝が折れないように無理やりしているんじゃないか、自然の摂理にさからうことに協力してるんじゃないかって思うようになって。

枝が折れることも自然、それで命が還元されていく。彼らも最後の瞬間に向かっていろんな準備をしなきゃいけない。そこに反することを無理やりやるのは自然じゃないなって。

こうした「死生観」に関わることを、治療院にも導入するべきじゃないかって考えるようになりました。』



そう考えるようになった頃、尾崎さんは「終活☆最前線」で紹介した
『想いを分かちあえる棺「エコフィン」』
に登場されたウィルライフ株式会社 代表取締役の増田さんと出会います。

これまでの常識に疑問を感じ、死生観についての問題意識をそれぞれ持っていたお二人は、意気投合。タブー視されていたことも取っ払ってちゃんと考えられる場、誰もが気楽にしゃべれる場をつくろうぜ、ということで『これからの「生き方」と「逝き方」を楽しく学びあうコミュニティ「これから楽交」』が誕生しました。

尾崎さん
『人生の最終章を想像すると、後悔しない生き方をするようになります。すなわち、日々のライフそのものを考えるようになる。けれど、今日それを考えて、明日まではそれが続くけど、明後日になったら忘れちゃう。健康な人がひとりで考えてたらそうなっちゃいます。

だから、「コミュニティ」が大事。みんなで集まって安心できる環境で語り合い、その人がその人らしくなり元気になる。その周りの人が「なんであの人あんなに元気なの?」聞いてみたら「へー、これから楽交か。よし私も行って勉強してみよう!」って、そんなふうに広がっていったらいいなあと思っています。』




たしかに、その時強く思ったとしても、つい日々の忙しさに流されて忘れてしまいそう。コミュニティであれば、時々みんなで顔を合わせておしゃべりできる場があれば、全然違いますね。

それから「安心できる環境」っていうのも大事ですね。日本人は“死”についてタブー視したり、恐れや戒めを感じて会話から排除する傾向があります。大事なことだし、分からないから話をしたいと思っても、拒否されたり。なかなか安心して“死”について話せる場所はないですもんね。

尾崎さん
『アメリカでは死生観、死別、家族との別れに対してどんなふうに心の安定を保つかっていうのをディスカッションする場があるそうです。それは授業の中であったり、地域の中、身近な暮らしの中にあると。そういうものがちゃんと地域社会に存在してるっていうのは、いいですよね。

“学校”という構造もいいなと思ってます。上級生がいて下級生がいて、卒業の時は下級生が贈る言葉を言うでしょう。卒業するほうは下の世代に何か伝えないといけない。それを見ていた下級生は、自分が卒業の時に何をすればいいのか自然と分かる。「これから楽交」は、地域社会の中にあって、そんなふうに世代をつないでいけたらいいなと考えています。』






おお、それはすごくいい感じですね。やっぱり先輩の話とか聞きたいですもん。自分が上の世代になったら、下の世代に何か伝えたいと思うんだろうな~とも思うし。そういう場が身近な地域にあったら、なんか心強いですね。

そうした中で、“お葬式”というトピックはキモになりそうです。葬儀や死生観について、自ら問い続けてきた尾崎さんが最近、胸を熱くしたお葬式のエピソードがあったそうです。

心が通い合ったお葬式が教えてくれたもの
尾崎さん
『ちょっとした縁である方の葬儀に関わりました。生前には面識がなかった方です。ご家族がいないと聞いていたんですが、調べたら疎遠になっていた元奥さんと娘さんたちの存在が分かりました。元奥さんに連絡して伝えましたが、葬儀には来ないとおっしゃいました。

葬儀で見送るときに、ぼくの兄貴が音楽家なんですけど、これも何かの縁なのでギター演奏すると言いました。どうせなら故人が好きな曲をと思って調べたら、ある曲だってわかったんですけど、これが離散した家族をもう一度取り戻そうとして奮闘するって内容の曲だった。じゃあ、この方は家族を取り戻したいって思っていらしたのか、と。

きっとそうに違いないと思って、もう一度元奥さんに連絡し、状況を伝えました。「ああそうなんですか。もっと早くに言ってくれていれば、私たち家族の関係は違っていたかもしれないのに…。自分は行かないけれども、娘たちには自分が責任をもって話します。けど娘たちが行くとは約束できない」とおっしゃって。

で当日、会社からも大勢の方が来て。きっと人望が厚かったんでしょうね。そして娘さんたちも、旦那さんをともなって姿を見せてくれました。ぼくとしては感無量でした。

娘さんたちは長年会っていなかったお父さんを見つめて、ワーワー泣いていました。ぼくが見つけた写真を見せて「これテレビの横に置いてありました。お嬢さんたちの子どものころの写真じゃありませんか?」って聞いたら「私たちの子ども、つまり孫のだ」と。もう二度と会うこともないと思っていたのに、こうして持っててくれたんだと喜んで。

それから、娘さんたちがとまどいながら持参した自分たちが子どものころの写真と、孫の写真を棺に入れて。故人が好きだった劇団のポスターや趣味の山登りの写真を、みんなで棺にバンバーンって貼って。

そんな中、ぼくの兄貴がクラシックギターを力強く弾きました。その音楽に乗ってまるで故人が「もういざこざは終わりだ。ここから先は仲たがいはやめよう」って言ってるようで。これまでの溝がフワ~ッと埋まるようでした。

火葬場ですから10分でセレモニーを終えないといけないのに、結果的に大幅にオーバーしてしまいました。けれど火葬場の都合でもない、葬儀屋さんの都合でもない、家族を中心としたすばらしく心の通った葬儀ができた。

これは自分にとっても大きな出来事でした。家族を中心として、ぼくや兄貴のように第二第三の家族も一緒に、心の中に素敵な想いがしっかり届くような葬儀が、あるべき姿なんじゃないかって。

「これから楽交」の楽生(学生)だったら、それができるんじゃないかって思ったんです。先生と生徒という感じではなく、誰もが学び合え、教え合える…おばあちゃんの知恵袋のような存在になれる場所があれば…。』



まるで映画みたいな話です…!それにしてもこのお父さん、心から嬉しかったんじゃないでしょうか。元奥さんや娘さんたちの勇気も素晴らしい、そして第二第三の家族という気持ちで、面識がなかったのにここまで心を込めて動いてくれる人たちがいるとしたら…。そしたら、おひとりさまでも不安が無くなるんじゃないでしょうか。

尾崎さん
『それぞれの地域に「これから楽交」っていうのが一般的になってくれば、お葬式の不安って無くなってくる。そうなるのが10年先か20年先か、もっと先か前か分からないですけれども、ぼくは本気でそう思ってます。』



それはぜひお願いします!って言いたいところですが、そこに共感したのなら人任せにするのではなく、どんどん参加してほしい。そうしたいな、やりたいな、と思ったらどんどんチャレンジしてほしい、と尾崎さんは言います。

尾崎さん
『現在の「これから楽交」は、まだ地域も少なく、セミナーや講座もそれほど多くはないのですが、WebやFacebookで情報を発信しています。ピンとくるものがあったら、どんどん参加してください。






セミナーだけでなく、いろんな話をしたいよ、聞きたいよって思ったら、本部のある辻堂に来てください。いつでも尾崎が話をします。
そして「これから楽交」の考えや価値観に共感した方は、受講するだけでなく、自分の地域で活動を始めてみませんか?当面はボランティアになるかもしれませんが、一緒にこれを育んでいきたい人を求めています。』






「これから楽交」の考えやビジョンに共感した方にとって、この活動していくことは『オモ活』(=自分がオモシロイと思える老後づくりにつながる活動)になるのではないでしょうか?気になった方、まずはピンときたセミナーや講座に参加してみるといいですね。

素敵な未来を感じさせる「これから楽交」、今後の展望をお聞かせいただけますか。

「これから楽交」のこれからと未来
尾崎さん
『今一番問題を感じているのが、“逝き方を伝える壁”。上の世代から下の世代へ想いをどうやって伝えていくか。端的にいうと、親が子どもに自分がこういう想いを持っていてこうやって見送ってほしい、ということを伝えるには、壁があるということなんです。

自分の“逝き方”をしっかり取り組んで考えたとしても、実行するのは自分ではない。実行する人(=子ども)に伝えないと実現しないんだけれども、親がそれを話そうとすると、子どもに拒否されるって人が多いんです。
日常会話の中でそれをするのが難しいならば、これから楽交のプログラムで何かできないか。それもお勉強スタイルではなく、音楽や劇などたくさんの五感を使って感じるものでと考え、試行錯誤中です。』






音楽や劇って、すごく面白そうですね!生の音ってすごく心に響きますし、同じ空間を共有するライブって一体感が出ますよね。どんなものができるのか、すっごく楽しみですね。

最後に読者のみなさんへメッセージをどうぞ。

尾崎さん
『じつは“死”や“お葬式”って、特別なことじゃない、日常生活そのものの話だと思うんですよ。生活なんだから、あらゆる人が真正面から関わる、つまり“文化”なんだと思います。
自分たちの文化は、自分たちが思うようにつくっていきたくないですか?つくっていきたいって思う人は、「これから楽交」にどんどん参加してください。文化の担い手になる人たちを育てていきたいって思っています。

もちろん、大上段にかまえなくても、ピンときたり気になったり共感できるものがあったら、まずはセミナーに参加してくださると嬉しいです。これも何かのご縁、楽縁のような集いなのです。』






尾崎さん、ありがとうございました。
オモロ―な予感がする「これから楽交」、みなさんはいかがでしたしょうか。

※記事内容は取材日時点のものになります。必要時にはお問合せ等でご確認ください。
(取材日:2015年5月)









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