失敗しても、いっぱい“体験”することが大事  ~田名夢子さん~

「オモ活☆コミュニティ」で紹介した『笑恵館』オーナーの田名夢子さん。望みをかなえ、自分らしくイキイキと毎日を過ごされているお姿は、まさに「オモロウゴの達人」!お人柄もたいへん魅力的で、お言葉は示唆に富んでいらしゃる。
ぜひいろいろお聞きしたい!と思い、田名さん個人にフォーカスして貴重なお話をうかがいました。

田名 夢子(たな ゆめこ)さん
1948年1月生まれ
67歳 女性

『みんなの家』は笑顔と可能性が∞
~多世代コミュニティハウス 笑恵館~ はこちら >>






生まれたときから今まで、ずっとこの家に住み続けている

カッキー:
田名さんは、生まれも育ちもこちらのお家なのですか?

田名さん:
はい、ここです。1948年1月19日生まれです。

カッキー:
ご結婚されているんですよね?

田名さん:
はい。

カッキー:
そうなんですね(笑)

田名さん:
そうそう。夫の影が薄いから(笑)

カッキー:
結婚されてからもこちらに住んでいらっしゃる?

田名さん:
1975年の6月に父が亡くなったんですよ、突然。亡くなる1、2ヵ月前に結婚を約束したんです。父にも紹介して12月に結婚式挙げようって、家を探している最中に突然亡くなっちゃったんです。

家を借りて出ようと思っていたんだけれど、母一人置いていくのはちょっと心配なのと、アパートの管理もあったし。それで、夫に来てもらったんです。まあ、サザエさん状態っていいますかね。

現在は「笑恵館」となった田名さんの生家

カッキー:
お父さまはおいくつだったんですか?

田名さん:
今の私の歳と同じく67歳です。40年前に。父の歳を過ごすのが大きな課題になりまして(笑)

カッキー:
ちなみにご主人は?

田名さん:
単身赴任で東海地方に行っているんです。そもそもうちの夫婦は、結婚して1年経たないうちから単身赴任が始まって。結婚して40年近いんですけど、半分以上は単身赴任してたんじゃないですかね。夫は今では、洗濯も自分でするし、食事も自炊ができるようになりました。

カッキー:
じゃあご主人は、田名さんを見守っているというか、応援していらっしゃる?

田名さん:
そうね、それぞれ自立してるという感じかな。

カッキー:
娘さんたちは近くに住んでいらっしゃるんですか?

田名さん:
ひとりは大阪、ひとりは川崎です。

カッキー:
娘さんたちも賛成していらっしゃる?

田名さん:
賛成も何もね。それぞれの連れ合いがいい方なので、帰ってきちゃダメよって言ってます。

カッキー:
笑恵館を始める前は、お仕事はされていたんですか?

田名さん:
ほぼ専業主婦でした。けど40代後半ぐらいから、卒業した園芸学校の仲間で新宿にお花屋さんやってる人がいて、そこで園芸の教室やるから教えない?って言われて手伝ったり、庭のことや草取りの相談を受けたりってことをやってましたね。あとはアパート経営ね。

田名夢子さん

相続時のハードな経験が、夢を持つきっかけに

カッキー:
ではいつごろから、今のような夢を持たれたんですか?

田名さん:
8年前ぐらいですね。母が亡くなって相続が終わったあたりから。

カッキー:
田名さんは、絵が相続の対象となる認識がなかったとか?

田名さん:
そうですね。まあ実際対象ではなかったんだけれども、母にとっては父の大事な絵だから、処分できなくってね。生きてるうちにやってほしかったんですけど。だから、絵の処分は相当大変でした。

画集を作って、恵比寿で展覧会やって。そしたら来場者の一人に「いやー、本当に大変ですよね」って言われて。その方もお父さんの絵がいっぱいあるんだけれど、どう処分したらいいか分からないって。素人が描いたものだから、売れるもんじゃないわけ。絵が売れるのなんて、一部の高名な画家だけですよ。そうしたらもう、捨てるしかないわけ。

だからそういうものを遺されると、本当に大変。モノを遺すってことが後々どんなに大変かって、身にしみて分かりましたね。

自分がそういう経験したもんだから、子どもにね、土地を遺すのはいいことかどうか分かんないなと思って。子ども達に相続の苦労もさせずに、私の死ぬ間際の面倒もかけずにするにはどうしたらいいかってことをずっと考えてたんですよ。一人っ子ってそういうことなんですよね。自分で考えるしかないですもの。

画集作りや展覧会も、したくてしたんじゃなくって、やむを得ずしたっていう感じね。でもやった結果、だんだんいい方向にきたからよかったなあって思いますけどね。

田名さんが作ったお父さま廣本季與丸氏の画集

カッキー:
そうだったんですかー。それにしても、絵を処分されるって経験をする方、なかなかいないですよね。

田名さん:
父が亡くなった直後から、画集を作っておきなさいよって画家仲間の人たちからは散々言われたの。でも画集を作るってどうすればいいの?いくらかかるか分かんないし、こっちは子ども生まれたばっかりで生きていくのが大事って言ってね(笑)

それこそ30年間おいてたからしょうがないですけどね。ちょうど母が亡くなったときには、子どもにも手がかからなくなったし、時間も空いたからね、それでいろいろやってきたってことですよね。

カッキー:
なるほど、田名さんが夢を持たれるまでには、そういった背景があったのですね。
次に老後についてお聞きします。田名さん自身は、老後っていつからだと思いますか?

勉強じゃなくて「体験」。体験をいっぱいすることが大事

田名さん:
いつからなんでしょうね。とにかく、65歳になると前期高齢者って言われますね。ま、60歳じゃいくらなんでも高齢者じゃかわいそうと思いますけどね。65歳で年金をもらうようになり、前期高齢者って自覚はしないとって思います。で、75歳で後期高齢者が始まるわけでしょう。

私が60歳頃に考えてたのは、65歳までに何かカタチを作りたいと。その後10年間ぐらいは関わってやりたい。そのあとはおまかせして、次の方に譲ると。そういうふうにできるといいなってね。今もそれができれば、一番いいって思ってます。じゃあ75歳から何すんのっていったら、それは分からない。できるような状態にあるのか、それも分かんないしね。

ただ62歳で未亡人になった母がですね、70歳まで生きられるかしらって言ってた人がですよ、92歳まで生きたんですよ。私、母に騙されたと思って(笑)

カッキー:
そればっかりは、本当に分からないですね(笑)

田名さん:
そうそう、今、20代30代の若い人に、親の独身時代の話を聞いてごらんっておススメしてるんですよ。結婚する前の人生がね、けっこう面白いんですよ。若さゆえの、楽しさとあほさ加減と、いろいろあったわけでしょう。そのへんってね、知らずに子どもに伝わってる部分てあるんですよ。

私、20代前半にシルクロード旅行とか、イスラエル旅行とかね、人があまり行かないところに行ったんですよ。ツアーですけどね。その経験が、ある種の財産となっている。
娘がね、バックパッカーで一人でホイホイ行く子で、あんた何やってんのって叱ったけれども、ああ私も行ってたなーと思って(笑)。私が行きたかったところも、じゃんじゃん行っちゃってるんですよ。

カッキー:
確かにそれは聞きたいですね。

田名さんが旅行された当時の写真とお手製のフォトブック

田名さん:
ねー。あと、ミニディサービスをやって思ったんですけど、私から上の70代、80代、90代は高齢者。だけど70歳~90歳っていったら、20年から30年の隔たりがあるわけでしょ。これってすっごく大きいんですよ。だって自分で考えたら、自分の10歳上、10歳下ってとんでもなく離れてるじゃないですか。それなのに一緒くたにされたら嫌でしょう。

見た目は同じように見える人たちが、たとえば終戦のときにどこで何をしてましたかって聞くと、まだ4、5歳だったから全然意味が分からなかったとかね、女学校でいろいろ大変だったとか。この10年の隔たりってすごく大きいですよ。5歳と15歳じゃね。

カッキー:
全然違いますね。

田名さん:
そのへんの話を聞くと、そんなに幅のある人たちを一緒にしちゃいけないなって思ったりね。反省もありながら、経験談を聞くとやっぱり面白いですよね。

同世代だとしても、たとえば私が小学校6年生の時に伊勢湾台風があったんですが、それ中学受験の問題に出たんです。で、伊勢湾台風のときにあなたどこで何やってたのって聞くと、田舎で影響があったとか、そんな話は知らなかったとか、いろいろあるんですよね。

だから、どの人も勉強じゃなくて、体験。体験をいっぱいされることが、すごく大事なんじゃないかな。失敗も含めてね。

カッキー:
そうですね…!
次に、『笑恵館』って田名さんの夢だったと思うんですが、それが実現した一番の要因は何だと思いますか?

想いと出会い、思い立ったら即行動

田名さん:
出会いですよね。

カッキー:
出会い?

田名さん:
そう、想いと出会い。想い続けてきたことと、タイミングよく出会いがあったってことですね。想いはね、一人で思ってたって何にもならない。だからどっかに発信し続ける。最初のころは漠然としてるかもしれないけど、発信し続けていくことで、だんだんカタチにしていく、なっていく。それを続けていくうちに出会いがあって、展開していくってことかなって思いますね。

カッキー:
そうですね。なんか出会うんですよね。

田名さん:
私、こうしたいとかあれが欲しいと思ったら、即行くんですよ。できる限り。だって、いつか見たいじゃなくて、今見たい。たとえば映画だって、本だって。あ、面白そうって思ったら今見たいじゃないですか。そしたら即、行動するんですよ。

我ながら面白いなって思ったのは、「ディスレクシアな日々、美んちゃんの場合」という学習障害者のドキュメンタリー映画があったので、映画館にすぐ観に行ったんですよ。観て、その彼女がお店を始めたっていうのを知って、帰り道寄ってみようと思い即、寄ったんですよ。そこで、今あなたの映画観てきたよ、とても良かったよって言ったら、Facebook友達になりましょうってね、今もつながってるんです。

我ながら、こういうことやったの初めてだったなって。今、観てきて、その日のうちに行って、友達になって、そこで食べてっていうね。
だから、知りたいって思って即行動したら、出会いがいっぱいあるんですよ。

カッキー:
ホントですね…!

「ディスレクシアな日々、美んちゃんの場合」

田名さん:
今朝もね、胎内記憶の映画見てきたんですけどね。これもドキュメンタリー、面白かったですよ。

カッキー:
田名さん、映画お好きなんですね。

田名さん:
60歳になったときに、1,000円で観られるって知って。それまでは1年に1本か2本だったのに、60歳のときは20本以上観ました(笑)。どっちかというとドキュメンタリーが好きですね。

カッキー:
行動力がありますね。

田名さん:
っていうか、行動したくないですか?(笑) まあ、すぐ動けない事情がある人もいるでしょうけど。私は動ける状態にあるからね。

カッキー:
環境を最大限に活かしていらっしゃる(笑)

田名さん:
笑恵館が始まった当初は、ずっといなきゃいけないのかって思てたんですよ。でもみんなに相談したら、留守のときは任せてくれって。

カッキー:
いい方たちに出会ってますよね。
次に、葬送パーティについてお聞きします。あの生前葬「楽しい葬送パーティ」は田名さんが発案者なんですか?

生前葬ごっこでピエロになる

田名さん:
前からね、スタッフの話し合いの中ではチラッと出てたんですよ。運営担当の松村さんからも提案があって、松村さんが先やる?って言ってたんだけど「やっぱり僕より田名さんが先ですよね」って(笑)

カッキー:
田名さん自身も、機会があればやろうという気はあった?

田名さん:
そう、あくまでも“ごっこ”だけど、「生前葬」って言ったほうが面白いだろうと。「何それ」って人と「嫌ね」って言う人が絶対いるだろうから、「面白そうね」って思う人だけ来ればいいじゃないって思って。

カッキー:
実際にやってみてどうでしたか?周りの方の反応とか。

田名さん:
食いつきがピエロだけだった(笑)。あれだけ変身するとインパクトはあったでしょうね。

生前葬ごっごでピエロに扮装した田名さん

カッキー:
衣装は通販で買われたんですよね?

田名さん:
そうです。だからね、パソコンできて本当に良かったと思って。始めはレンタルでいいと思ってたんですよ。けど5,000~6,000円で買えるって知って、じゃあ買っちゃおうって。頼んだら翌日届いて、ビックリでしたよ。

カッキー:
また使わないと(笑)

田名さん:
ハハハ。今度は、ピエロとしてなにか修行をしなきゃいけないかしら、と思ってますけどね(笑)。ひとつぐらい芸ができるといいなあと思ってね、手品とか。

カッキー:
今後もやりたいですか?

田名さん:
5年おきぐらいでどうでしょう(笑)。でもね、ピエロやっちゃったから次は何にしようって、もう考えてましたよ(笑)。自分にあきれますけど。

カッキー:
立派な芸人ですね(笑)
次に、何か後悔していることはありますか?笑恵館に限らず、人生において。

大勢の方が参加された生前葬ごっこはまさに「楽しい葬送パーティ」だった

50歳の自分に会えたら、言ってあげたいこと

田名さん:
それを言い出すと、きりがないですよね。後悔してる自分は好きじゃないんですよ。だから後悔はほどほどに、次に後悔しないようにするにはどうしたらいいんだろう、って考えたらいいと思いますね。

カッキー:
もし今、50歳の自分に会えるとしたら、言いたいこと、言ってあげたいことってありますか?

田名さん:
男の人は分からないけど、女性は更年期が始まる頃じゃないですか。本当に人生の、カラダの節目ですよね。半世紀過ぎるわけですから、自分を見つめる、自分をいたわるってことをしっかりするとき。

私は、50年過ぎちゃったのってちょっとショックもありましたけどね。そんなにガタがきてるわけじゃないけど、ホルモンバランスが崩れるとか、歯の治療が必要とか、なにがしのメンテナンスは必要になってくるわけですよ。

だから仕事に脂がのりきる時期でもあるでしょうけれども、ちょっと余裕を持ってしっかり体をいたわって、自分を見つめる。そこから老後に備える、っていうことをしないと。

あと私が気をつけたのは、姿勢をよくすること。それまでけっこう猫背っぽかったんですけど、今はまったく。そのまま猫背がひどくなると、骨が圧迫されたりするでしょう。50歳ぐらいで気がついて心がけると、その後すごく楽になりますよ。

肩こりもひどかったんですよ。マッサージにずいぶんお金使っちゃたけどね、運動すればいいんです。ストレッチとか、自分のカラダに合う運動を始める。それが老後のロコモティブシンドローム(運動器の障害)を予防することにつながります。

同じように、アタマも使わないとね。興味のあることをやるとか。そうやってアタマとカラダを動かせば、認知症予防にもなりますから。

50歳ぐらいは、本当に節目だと思いますね。60歳も節目ですけどね。そのへんの大きな変化の始まりが、50歳ですよ。お大事になさってください(笑)

カッキー:
貴重なアドバイスを本当にありがとうございます(笑)!
では最後にメッセージをいただけますでしょうか。

田名さんが手がけた庭の草花

土地のひとが外の風を受け留めたとき、風土になる

田名さん:
私の友達で東京出身の人がね、岩手県に嫁いだんですよ。そこで町おこしを始めたの。でね、その彼女の語録の中に、「風土というのは、風の人と土の人が作り出すものだ」っていうのがあって。土の人、つまり土地の人だけだと新しいものが生まれない。新しいものに気づきもしない。

彼女は私と同じ園芸の学校を出ているから、ドライフラワーなんか作ってアレンジメントが出来るわけ。で、嫁いだ村では昔から冬の間、ムギワラギクという花をどこの家でも育ててたんですって、冬の間の仏花として。だから村の人たちは、その花は仏花でしか利用することができないと思ってたんです。

だけど彼女がドライフラワーにできると知っていたので、その花を若いうちにもぎ取った。そしてワイヤーを差した。そうするとどんなアレンジメントにも使えるわけ。それを若いお母さんたちに教えて村中で作った。それで町おこしをして、岩手県の物産展にも出展するようになって。

その彼女の言葉、「風土というのは、風の人と土の人でできるものだ」。つまりは、かたくなに風の人を拒んでたんじゃ何にもならない。風の人も上っ面だけさらっていくだけじゃ、その土地のことも知らない。それが互いに理解し合い、認め合って「風土」になるって。

あとね、事業してるっていうと、資本金いくらですかってよく聞かれるらしくて。そのときに「15オクです」って言うんですって。みんなビックリして「15億ですか?」。「ええ、15オクのオクは奥さまのオクですけどね」って(笑)。15人の奥さんでそういうグループを立ち上げたからね、ユーモアですよね。面白いでしょう?

私はね、田舎だけじゃなくて、日本という国を考えたときに、日本の風土が良くなったのは明治以降、江戸という鎖国から外の風が吹いて、それを受け入れたときだったと思うの。外の風をきちっと受け留めたときに、世の中は大きく発展するんじゃないか、とクリスチャンとしては思うわけです。

田名さんが育てたトマトは実がいっぱい

カッキー:
本当に貴重なお話をありがとうございました。

田名さん:
年寄りの繰り言(笑)

カッキー:
いえいえ、よき先輩!の貴重なお話!です(笑)

田名さん:
あのね、今日より若い日はないんですよ。

カッキー:
???

田名さん:
聖書にね「あなたの若い日に、あなたの創り主を覚えよ」っていう句があるんですよ。「若い日」って、はじめは私も誤解してて、若いころに知って良かったって思ったんだけれども、そうじゃない。

私にとって若い日っていうのは、これより後にはないわけですよ。“今”が私のこれからの人生で一番若い日。だから、その言葉を聞いたそのときに、創り主っていう方がいたんだって気づいたならば、そのときでいいんですよ。遅いからお気の毒なことは何もないわけ。

カッキー:
“今”なわけですね。

田名さん:
いつやるの?今でしょう(笑)

(取材日:2015年6月)










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