『みんなの家』は笑顔と可能性∞ ~多世代コミュニティハウス笑恵館~

閑静な住宅街の小路を進むと、ニコちゃんマークと黄色の文字が印象的な木製看板が見えてきます。草花が咲く広い庭に、気持ち良さそうなウッドデッキ。どこか懐かしさを感じさせる佇まいの館。ここは、会員制みんなの家『笑恵館(しょうけいかん)』。
住みなれた街で安心して死ねる家がほしい、という願いが、地域の人をはじめだれもが集える「みんなの家」になった『笑恵館』。オーナーの田名夢子さんにお話をうかがいました。

笑恵館(しょうけいかん)
オーナー 田名夢子氏
http://shokeikan.com/
https://www.facebook.com/smilegivinghouse




だれもに開かれた、みんなの家「笑恵館」

小田急線祖師ヶ谷大蔵駅から南へトコトコ歩くと、「笑恵館」と書かれた消火栓看板が見えます。その先の小路が自称(笑)「笑恵館通り」だそうで、さらにトコトコ1~2分歩くと木製の「笑恵館」看板が見えてきました。

笑恵館通り入口の消火栓看板と、笑恵館の看板


イベント案内が貼られた掲示板の先に門があり、敷地に入ると、季節の草花が咲き実る庭、掘りごたつが組み込まれたのウッドデッキが目に飛び込んできます。その奥には、2階建ての母屋とアパート。ガラス戸が広がる開放的で明るい雰囲気の母屋には、「こんにちは~」と言ってついフラッと入っていきたくなりそう。

この、なんとも心地よく親しみのある家が『笑恵館』。オーナーは田名夢子さん。世田谷区にある110坪余りの自宅を改修し、だれもに開かれたユニークな「多世代型コミュニティハウス」をつくりました。7世帯分の住居スペース、食堂、2つのレンタルスペース、ガーデンテラスなどから成る、会員制「みんなの家」だといいます。

笑恵館の入口


「みんなの家」って何?いったいどういうものなんでしょうか?

田名さん
『「みんなの家」とは、「みんなが自分の家と思う家」のこと。「自分の家」だから、みんなで集ったり、いろいろ使えたり、大切にしてくれると思うんですね。具体的にいうと、「笑恵館クラブ」に入会して会員になった人たちが集う家。年会費500円払って住所と連絡先書いてくれれば、それで会員。それだけです(笑)。』


笑恵館オーナーの田名夢子さん


なるほどー、「自分の家」と思う気持ちと500円が、笑恵館クラブ会員の資格なんですね。今すぐにでも会員になりたくなりましたが、会員になるとどんなことができるのでしょうか?

田名さん
『会員の方は、自由に来館できます。ウッドデッキや食堂、レンタルスペースも空いていれば、好きなときに使えます。イベントへ参加していただくのもいいですね。レンタルスペースを予約してセミナーやイベントなどを開くことができます。シェアオフィスや、棚貸しのレンタルシェルフもありますよ。

住居会員はアパートの入居者ですが、ひとつ条件があって。それは月一回、夕食会に参加することです。お互いを知るきっかけになるでしょう。「おはよう」「いってらっしゃい」と言えたり、協力しあえる関係づくりができるといいなと思って。夕食会は、大家がご馳走するんですよ。

1階の食堂奥にはパン屋さんが入っています。パンを買いに来たり、セミナーなんかへの参加だったら、会員じゃない方でもどなたでも気軽にお越しください。』


(左)掘りごたつが組み込まれたウッドデッキ (右)さまざまな商品などが並ぶレンタルシェルフ

人気のパン屋さん「せたがやブレッドマーケット」

パン屋さん「せたがやブレッドマーケット」のパンは美味しくって、近隣の若いママさんなどでいつもにぎわってます。食堂には楽しげにおしゃべりする人たちが。レンタルスペースではセミナーが開かれ、外のウッドデッキでは子どもが走りまわる…。笑恵館の日常の風景です。

このユニークな笑恵館は、どのようにしてできたのでしょうか?

住みなれた街で、安心して死ねる家を
田名さん
『「住みなれた街で、安心して死ねる家がほしい」と望んでいました。母親が10年前に亡くなって、その後数年は、父の遺した絵の画集作りや展覧会など忙しかったんですけど、一段落した後に、さて次はと思って。それが「安心して死ねる家を」だったのね。つまり、子どもに頼らない家を作りたいって思ったんですよ。』


田名さんのお父さまは、洋画家の廣本季與丸(ひろもと きよまる)氏。1975年に他界されましたが、お母さまが亡くなった10年前に、膨大な数の絵画を含め一人っ子の田名さんが相続されました。画集を作り展覧会をして、美術館に寄贈するなど、相続時にされた大変な経験が、「子どもに世話をかけたくない」と思うきっかけになったようです。

老朽化した家のままでは不安があり、手を加えなければ住み続けるのは難しい。しかし、手を加えるとすれば、いったいどんなカタチがいいのか?田名さんの模索が始まりました。

レンタルスペースに掛けられた父 廣本季與丸氏の絵画

田名さん
『はじめは「安心して死ねる」といったら、ホスピスしかピンとこなくて。でもホスピスは医療とか福祉じゃないですか。だから、ただのおばさんができるのかなって。うんと金持ちだったら別ですけどね。じつはちょっとの間、宝くじを買ったりしてました(笑)。けど土台無理な話で。だって、3,000円しか買わないのに1億2億当てようと思ってるんですからね(笑)

雲をつかむような話はやめて地道にと思って、ここの土地を売って、どこかに土地と建物を探すというのも考えて、実際査定してもらったりしたんですけど、父が苦労してここを手に入れたこと知ってますからね。だからやっぱりここの土地を活かすしかないな、と。現実的に考えると、リフォームがいいところじゃないかって。

それから、認知症の方が共同生活するグループホームもいいなって思ったんですよ。山梨県の知り合いがやっているところを見に行って、認知症って奥が深いですよ、なんて話を聞いて、本当に皆さんが穏やかに暮らしているのを見て、あ、これもいいなって思たんです。

でね、ここをグループホームにできないかって、実際に設計してもらったんですよ。そしたら、スペース的に本当にギリギリで余裕がない。でもって私が住めないの。だって、グループホームなんですから。いろいろ考えたけど、やめにしました。

そのあと、グループリビングも見に行きました。湘南にある素敵なところ。仲間が集まって60歳代で設計や準備を始めて、70歳代で完成して、それから10年経って80歳代にならんとしているときに見学に行きました。何人かは送られた方もいらしてるけど、皆さんお元気だし、気心は知れてるわけですよね。けど、若い人との交流がないわけ。同世代での生活っていうのも善し悪しだなと思って。それで多世代がいいなと思ったんです。

そんな感じで本を読んだり、調べたり、気になったところはあちこち訪ねて行ったり、私自身としてはけっこういろいろ勉強したんですよ。』


いろいろ見聞きして、さんざん調べて探したけれども、ピンとくるカタチがかなったそう。ないってことは創業するってこと?と思い立ち、区が支援する起業創業の講座に行くことに。ここで講師の松村拓也さんに出会ったことで、田名さんの望みが一気に現実となります。

最適なタイミングでの出会いが、夢を現実に
田名さん
『起業の講座があって、そこで松村さんに会いました。私は、できれば子どもに相続しないで、そのまま存続させたいって言ったら、面白いと思ってくださって。その2か月後には一般社団法人 日本土地資源協会を設立することになったんです。これがいずれ公益法人になれば、寄付をしても相続税も何もかからないと。

どこかにある公益法人に寄付するっていうことは考えてたんですけれども、ここで作ってここにって、ビックリしました。松村さんは、子どもに相続しないってところに驚いたみたいだし、私は自分でつくるってところに驚いたわけですよ(笑)。そこからですね。』


「誰もが集える多世代型コミュニティハウス」というのは、松村さんに出会う頃までに、田名さんの中では固まっていたそうです。そうなるまでには、いくつもの経験がありました。

笑恵館の庭には季節の花が。庭の消火栓も草花に溶け込んでいる

田名さん
『ある講座に参加してたときのこと、皆の前でアピールすることがある人は、チャンスをあげますってことになって。プレゼンするつもりで、自分の考えや想いをA4一枚にまとめる、という経験をしたんです。自分が何をしたいのか、何を言いたいのか、それを凝縮してまとめる、伝えるという訓練をしたわけ。これが大きかったですね。

その後、松村さんに出会って。半年ぐらい経ったあるとき、ビジネス構想をみんなの前で発表するって言う機会があったの。何しゃべろうと思いあぐねてたら、例えばこんなんじゃないのって松村さんが紙をくれて。あら、うまくまとまってるわねって言ったら、それ田名さんが書いたんだよって、自分で書いてたことすっかり忘れていた(笑)』


タイミングよく、良い出会いと機会がありました。田名さんは、ある意味奇跡の連続、経験することは何ひとつ無駄なことがない、と言います。パソコンもスムーズに操るそうで、Windows98のころから同窓会の会報や住所録を作っていたことも、今につながっていると実感するそうです。

長年かけてカタチにした笑恵館、実際つくるときに一番大切にしたのはどんなことでしょうか?

田名さん
『オープンにするってことです。隠しごとをしない。人が信用してくれるっていうのは、こちらがオープンになっているときですよね。まあ、恥もさらけ出すことになるんだけれども、さらけ出したところで何てことのない生き方しかしてませんから。だから、オープンにすることを大事にしました。

改修前、まだ庭の木が鬱蒼としていたとき、まずは木を切って明るくして、駐車場に不用品を並べたんですよ。ある意味恥さらしですが、ご自由にお持ちくださいって。これが皆さん、持っていってくれましたよ。それに、こっそり不用品を置いていく人もいて。物々交換みたいになりました。これがご縁となった人もいます。』


オープンにって思ったら、木を切る。ホント田名さん、気持ちのいい方です(笑)
2014年4月にオープンした笑恵館。運営して1年以上経ったところですが、実際やってみていかがでしょうか?

思いもよらないみんなの要望や視点が、面白くて刺激的
田名さん
『運営に関しては、松村さんをはじめいろんな方が協力してくださっています。「笑恵館便り」というのを毎月発行して、イベントやセミナーの案内も出したり。そういうことで徐々に知られてきて、近隣の方々も徐々に理解してくださってるのかなと思いますね。

意外だったのは、利用される方の多くが「近所です」って言うんですけれども、よく聞いてみると区域が違っていて、私からみたら遠くで(笑)。うちより向こうに住んでる人は、駅までの通り道だから、ご近所感覚みたいなんですね。

あと、利用の仕方や要望が本当にさまざまあって、驚いたりしますね。始めのうちはキッチンを貸し出していたんですけど、ある日「肉焼かせてくれますか」って人が来て。「えっ、肉焼けないんですか?」って聞いたら、ガス台も鍋もないって。会員になってくれたし「いいですよ」って、そしたら「すみません、塩コショウください」「茶碗貸してください」とか(笑)。そんな面白い方もいました。』


食堂でDVDの上映も。ある日の会合では田名さんによるお料理が振る舞われた

なんと、笑恵館ではそんな利用の仕方も可能?!ま、それほど多いご要望ではないと思われますが(笑)
それから、難しかったことはありますか?

田名さん
『音楽の練習なんかに使いたいってお話はけっこうあるんですが、ここには防音装置がないんでね。サックスホーンだったかな、一度試しに吹いた人がいるけど、響き方がすごくってダメだと思いました。

けど、音楽療法士の方の唄う会とか、リコーダーコンサートなんかは定期的にやってます。それほど大きな音でなければ、大丈夫。あと面白かったのは、琵琶法師。そのときはもうちょっと大きな音だと思ってたのに、人もいっぱい入っていたのに、えっ?ってぐらいの小さな音だったんですよ。それは意外でしたね。

あとはそうですね、子ども達なんかがね、幼稚園帰りのお子さん連れが来るとウッドデッキでぐるぐる走り回ったり、キャッキャッとするでしょう。子どもの声は1時間も2時間も続くわけでもないけど、気にされる方もいるのでね。
そんなこんなで、音にはちょっと敏感になってますね。』


なるほど、音については難しいことがあるかもですね。ほかに、思いもよらなかったことなどありますか?

田名さん
『「ほほえみ」という部屋に父の絵を掛けているんですけれども、ここを展覧会会場に貸してほしいって声もあるんですよ。それはいいと思うけど、そのとき父の絵を全部外さないといけない。でも、置いておくスペースがないからね。もし外して展覧会したとしても、セミナーやってるときは入れないから、そのとき来た人に今は見れないんですっていうのもおかしな話で。これは今後の課題ですね。

そうそう、昨年笑恵館展をやってるときにね、彫刻の展覧会やりたいっていう人が来て、「ここの床すごく面白いわね」って言ってくれたんだけど、「床に並べる彫刻には合わない」とかね。えっ、ダメなんですかって聞いたら、「やっぱりこれじゃ落ち着かない」とかね。

だから本当に、自分が考えたこともない視点で見る人たちがいっぱいいるんだなって。それはすごく面白いですね。へーーーーーーって驚き、あきれ、感心し(笑)。こんなに思いもしない世界が広がっているってことは、今までの人生じゃ考えられなかった。本当に刺激的で、面白いですよ。』


「ほほえみ」の床

「自分だけの家」だったら、自分とその家族、親せき、友人ぐらいで、思いもよらない考えを持つ人にそうそう会う機会もないけれども、「みんなの家」笑恵館には、想像を超えた考えの持ち主も大勢集います。その人々との出会いを、田名さんは心から楽しんでいるようです。

2年目に突入した笑恵館、今後はどうしていきたいとお考えでしょう?

やってみないと本当に分からない、だから面白い
田名さん
『オープン当初はバタついてまったく落ち着かなかったんですけど、一年経って年間の流れも分かったし、これからだなあって感じてます。何をしたいかっていうと、思いついたことをいろいろ実際にやってみたい、ということです。

4月に「楽しい葬送パーティ」という生前葬ゴッコをしました。一応、私の生前葬。ずっとやりたかったクラウン、ピエロに変装してね。そこでエンディングノートを書いたり、自分で葬式を考える大切さをお話ししたんです。ピエロ素敵でしたねって声をいただきましたが、あきれたって思った人もいたでしょうね。

人にどう映るかっていうのは分からない。それでもね、本当にやってみないと分かんないですよ。どうなるか全然予想がつかない、だから面白いんです。』


「楽しい葬送パーティ」でピエロに扮装した田名さん

今後も田名さんのチャレンジが楽しみですね。ますます笑恵館から目が離せません!
最後に、読者の皆さんにメッセージをいただけますでしょうか。

田名さん
『今、仕事バリバリの方は難しいかもしれないけど、時間ができたら、とくに定年退職されたあと、ボランティアに参加されるといいと思うんです。趣味に生きるのもいいんだけれど、それだと自分の好きなことだけでしょう。そうじゃなくって、やりたくなくてもやらざるを得ないことを、責任持ってやってると頼りにされたりします。

趣味でもいいんだけどね、それを活かしたボランティアをね。たとえば囲碁が趣味だったら、囲碁だけやるんじゃなくて、老人ホームに行ってお相手してあげるとか、子ども達に教えるとか。そうすれば人との関わりが生まれてくるでしょう。それが大事だと思うのね。

私もだいぶ前から、病児の親が寝泊まりする宿泊施設のグリーンボランティアというのに行ってるの。草取りなんですけど。私は草取りが趣味なものだから。皆さん、草取りなんて誰でもできると思っているでしょう。でもできないんですって、どれが草か分からなければ。芝の間なんて、すごくコツがいるんですよ。

そこへ行ってね、「いつもきれいにしてありがとう」って感謝されると、やっぱり嬉しいですよ。年に一回、メモ帳をもらえたりしてね。それが欲しくて行ってるわけじゃないけど(笑)。

だから、責任持ってボランティアする。週に一回はこれやりますよって、約束する。そんなふうにやったらいいと思います。何でもいいんですよ。』



なるほどー、人生の先輩からの貴重なアドバイスありがとうございました!

自分の家をもうひとつ持ちたくなった方も、みんなの家で何かやりたくなった方も、田名さんに会いたい人も、笑恵館に集いませんか?

(取材日:2015年6月)









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